政府通貨とクラウディングアウト

「政府通貨」は過去に何人かの経済学者や政治家が取り上げましたが、よく考えるとそれは日銀に国債引き受けをさせるのと同じだ、というのが定説です。私は2000円札を受け取ると、不便なものですからすぐにSUICAにチャージして手放してしまいます。どんな手段で政府紙幣を世に出しても、銀行から吸い上げられてくれば日銀は日銀券同様に受け取らないわけにいきません。だからマクロ経済学の初歩的な教科書によく書いてあるように、それは最終的にはインフレ要因になるはずです。

 日本銀行が最も徹底的に金融緩和を行っていた時期には、長期国債だけで70兆円程度を日本銀行が持っていました。国債の日銀引き受けは禁止されていますから、すでに発行された国債を買って満期まで持ち、満期になったらまた国債を買う、ということを繰り返していたのです。ここまでしても、日本は目立ったインフレ状態にはなりませんでした。思い切った表現をすれば、少額の国債引き受けでインフレが起きるかどうか実行してみたけれど、結果的には起きなかった、ということです。

 さて、ここで考えたいのはオバマ政権の今後です。ブッシュ政権下でアメリカ議会が認めたパッケージだけで7000億ドル。税収不足の赤字増や直接的な景気刺激策も加えれば、日本のH21年度予算を軽く超える額の負担が必要になりますが、アメリカの金利低下によって海外に国債を買ってもらうことは非常に困難です。もしこのまま巨額の国債アメリカで市中消化させれば、クラウディングアウトでアメリカの民間金融は麻痺してしまいます。

 いまアメリカでは、FRB不良債権を借り入れるバッドバンクを作るという構想が進んでいるようです。つまり市場がもうタダ同然でしか買わないものを、FRBが買うということです。これはFRBにとっては、政府の紙切れ(国債)を受け取ってお金を渡す(口座残高を増やしてやる)ことと変わりません。アメリカ政府はこうした、「国債中央銀行引き受けではないが、それと似た効果を持つもの」を他にも組み合わせて、財源問題を処理してしまう腹かもしれません。(政府が巨額の国債残高を抱えているときは)インフレは一種の税金として働きます。実質金利の低下によって公債負担は軽減され、預金など貨幣表示の財産を持っている人々が巻き添えを食って「負担」をかぶるからです。それは「持っているものから取る」という意味でひとつの処理方法です。

 問題は、アメリカで(のみ)インフレが起きることは円高材料だということです。日本も似たような政策を取ってインフレを誘導すれば円安材料となり、これ以上の交易条件悪化や、それがもたらす景気悪化は避けられます。そうして得た財政的な余裕を政府消費支出や公共事業(または、貯蓄されず使われると見込まれる方法での家計への移転)に回せば、日本市場への輸出先全体がうるおい、国際的には非難より賞賛を受けられるでしょう。消費や投資が伸びるのですから、現役層にも仕事が増えると期待できます。ただ、インフレに強い株などの実物資産より預金にこだわる日本の老人層は、この変化で損をするので反対するでしょう。

 さて、オバマ政権はどう出ますかね。