地域性のインフレと品目別の価格上昇

 2008年前半をピークに、原油、小麦、トウモロコシなどが高騰しました。最近は砂糖に投機資金が入っているのではないかと疑われています。

 国債中央銀行引き受けをやって通貨を増やすとインフレになるというのは常識ですが、価格の上がり方についてはそれほどよくわかっているわけではありません。通貨量を増やす政策を取ると金利が下がってくることは日常的に観察できますが、だいたいこの通貨量が曲者です。

 例えばAさんが低金利のお金で銀行から融資を受けて海外での株購入などに使ったとします。Aさんの勘定を考えると、日本に借金、アメリカにその分の資産。差し引きゼロです。ただ銀行などが持っていた預金を振り込んでもらって外貨に換えたとき、通貨扱いされる預金が「借用証書」という通貨扱いされないものに変わったことになります。逆に外国では、すでに発行されている株式(通貨扱いされない)を他人から譲ってもらって、両替した通貨を払ったわけですから、その国の通貨は増えたことになります。通貨量だけを見ていても取引の全体像がわからないのですから、「通貨量が増えると」という表現にすでにゴマカシがあるわけですが、その話は省略します。

 とにかく、通貨量を増やしてもそれが何の市場に使われるかによって、何が実際に値上がりするかが決まります。ストックの値打ちがフローに比べて大きくなく、他国との取引機会も限られているような国で貨幣を増やせば、そのお金は色々な今年の生産物を買うために少しずつ使われて、モノがないのにカネがあるわけですからいろいろなものが少しずつ上がり、一般的なイメージどおりのインフレになるでしょう。例えば日本が第二次大戦に負けた直後は、単にストックである工場などが破壊され、フローの民生品もないだけでなく、あらゆる商品の貿易が連合軍の管理下に置かれ、ほとんど輸入ができなくなりました。それが少しずつ緩んでいく間に、後から見ればそれを上回るスピードで民間にお金を貸したら復金インフレになってしまったわけです。

 ところが巨大な資金の動かし手が、世界の小麦市場やトウモロコシ市場に資金を集中投入し、値上がりを演出して売り抜けを狙うとなると、そのお金がもともとどこから来たかは問題ではありませんし、その商品だけが上がります。実際には、世界の原油を買い占めることなど誰も考えていなくて、ニューヨーク商品先物取引所やロンドン商品先物取引所に集中的な注文を出して、そこで発表される価格を釣り上げようとする行為が警戒され、名指しで批判される商社も出たわけですが。

 景気対策で金融を緩めると、そこから引き出された資金は地域別でなく、特定の「にぎわった」市場に集まり、世界中のその商品を値上がりさせるかもしれません。いくら金利を引き下げても、その地域のビジネスに(赤字を出さずに済む程度には儲かる)仕事がなければ、そんな地域の中小企業や個人に対する貸し出しは増えません。無理に増やした結果が貸し倒れに苦しむ新銀行東京です。中央銀行が何かをやっても「国の借金が増える」ことはないのでどんどんやれ、という意見の人が多いようですが、これは日本にとっても世界にとっても、大事な点を見落とした議論であるかもしれません。