9月18日を迎えるにあたって

時事通信社の城山英巳氏による論説「「尖閣対立」本格化から1カ月 日中関係はどう変わったのか」は、例えば梁振英氏の介在など、ネットの一部でささやかれていた点にも目を配り書かれた、北京で人と交わらなければ書けないであろう論説です。

 この論説によると、8月15日の事件処理には日中当局の連携があり、洋上での実力行使で死傷者を出さないよういったん上陸させる手順が綿密に練られました。

 ところが9月18日(柳条湖事件のあった日)を意識して中国から発した多数の漁船と海上保安庁巡視船が対峙した場合、巡視船そのものが包囲されるなど、8月15日には避けられた実力行使が不可避となる状況があるかもしれません。

 中国国内情勢に関する現在の報道の多くは、中国政府の影響下にある通信社から配信された記事をベースとしています。その一方で、様々な方法で規制を潜り抜けた現地からの直接の声や、それを翻訳したメッセージも入手可能です。マスコミ報道だけを見ると、中国の人々はすべて手のひらを返してしまったかのように見えますが、他のソースを総合すると必ずしもそうではありません。こんなときだからと日本食を食べに行く人や、デモ隊の無法な暴力に怒っている人たちもちゃんといます。デモ隊が壊してしまったものの多くは中国人の私有物ですから、普通に考えれば怒るのは当然ですが。

 衝突による死傷者が出た場合でも、在日中国人に対する態度や、関係企業・施設への示威行動において、自制を忘れ取り返しのつかない感情的な行動に走ることがないよう呼び掛けます。彼らを普通の人々として接し、我々も普通の人々としてふるまいましょう。もちろん普通の人々は、一定の割合で礼儀を守れない人や、犯罪に走りやすい人々を含んでいます。お互い様です。しかしそれを「だから〇〇人は」というnational generalizationに押し広げないよう自制しましょう。誰かが自制を失えば、それは別の誰かの汗、場合によっては血によって埋め合わせされることになります。